京都簡易裁判所 昭和54年(ろ)74号 判決 1981年10月13日
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実は
被告人は呼気一リットルにつき0.3ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で昭和五四年三月三日午後一〇時二〇分ころ京都市左京区岩倉下在地四ノ坪橋上付近道路において軽四輪乗用自動車を運転したものである。
というのである。
よつて案ずるに、当裁判所において取調べた全証拠によると、右公訴事実の当日である昭和五四年三月三日の午後九時ごろより、京都府警察交通機動隊勤務の警察官宇多雅詩および小松原和人の二名が京都市左京区岩倉下在地四ノ坪橋の東端から東方約六〇メートルの路上に交通取締用無線自動車を停止し、小松原巡査は下車し、宇多巡査は乗車のまま、ともに交通取締の職務に従事していたところ、午後一〇時二〇分ごろカマボコ状をした右四ノ坪橋の西詰から光芒が上り、やがて一台の自動車が東進してきて同橋の東詰あたりに前照灯をつけたまま停止した。右両巡査はこれを見て盗難車か無免許運転の疑を抱き自車の前照灯を点滅させたところ、一人の男が車から離れ路端寄りに向うのを認めた。小松原巡査が同車に近づき既に同車の運転席に戻つた男すなわち被告人に対面したところこれに酒気帯びの気配を察知したので、被告人を前記無線自動車へ誘導し、被告人から午後七時ごろ晩酌をしたとの自供をえた宇多巡査において直に被告人にその呼気を風船に吹き込ませこれを飲酒検知管によつて測定した結果、呼気一リットルにつき0.3ミリグラムのアルコールを検知したことを認めることができる。
しかるに被告人は、当夜は自動車を運転して右四ノ坪橋の西方約三〇メートルの場所にあるデニストン宅を訪ねたが、付近には駐車の余地がないため同橋の東詰まで赴いて同所に駐車し、徒歩で同宅まで引返し用談後再び徒歩で駐車してある場所まで戻り、付近で用便した後乗車しようとしたところ前記認定のとおり警察官から飲酒の検査を受けたのであるが、たとえ右検査のとおり被告人の酒気帯びが検知されたとしても、本件公訴事実の日時場所においては被告人が自動車を運転したことはないと主張し、当時被告人と行動をともにし同所においては被告人より先に乗車して前照灯を点灯したとする被告人の妻岸本支與子も右主張にそう事実を証言しているのであるが、被告人は酒気検査に際しその運転を自認して検査に応じ運転自体を否定した事跡がなかつたことおよび当時被告人の自動車の運転状況を目撃した宇多雅詩の証言が迫真性に富み十分に措置し得ることに徴し、被告人の右主張および岸本支與子の証言は採用できず、他に前記認定を覆し被告人の主張事実を認める証拠はない。
しかしながら、右呼気検知管による酒気帯び度の検査に際し、前記警察官等は被告人を車内に誘導すると直にその呼気を風船に採取しこれを検知管に導入して検査したものであるが、右呼気採取に先立ち被告人に合嗽をさせなかつたことは被告人の自供により飲酒後三〇分以上経過したとしてこれを不要と判断したためであるところ、一般に呼気アルコール測定の方法は呼気採取に先立ち口中に残存するアルコール分の混入を防止するため被検者に含嗽をさせて後これをなすべきものであるが、飲酒後一五分以上経過するとその影響は僅少となるため少くとも飲酒後三〇分以上経過したと認められるときは右手続を省略することも慣行とされているようであるが、飲酒後一時間を経過してもその影響が皆無となることのないのは警視庁科学検査所警視庁技術吏員入部和男の東京高等検察庁からの依頼により作成した昭和四二年九月一日付鑑定書中の次表によつても明らかであるばかりでなく、飲酒後曖気、嘔吐があつたときは経過時間にかかわりなく測定値に影響を与える可能性があることもまた同鑑定書の指摘するとおりである。
しかるところ、被告人は当日午後一〇時ごろ京都市左京区岩倉下在地町三五一番地の五所在のアリスン・ヘレン・デニストン宅を訪れ、二〇分程度用談して辞去するに際し、紅茶に八六プルーフのウイスキーをカップに半半に混入したものを妻の分とも含め二杯飲んだことおよび同所と被告人車の停車位置とが約六〇メートルの距離にあることが証拠により明白となつたのであり、これに対する反証はない。
判旨してみると、本件検査時が午後一〇時二〇分ごろであるから、同時刻までの被告人の晩酌時から三時間以上経過していることになるが、右ウイスキー混入茶飲用時よりは数分ないし二〇分以内の経過時間とみるのが至当である。従つて本件検査にあたり、警察官が被告人の自供のみを信用し含嗽を省略して検査を施行したものと認められる以上、前記のとおり呼気アルコール測定値が一リットルにつき0.3ミリグラムを指示したとしても、右測定は不正確であり、これによつては当時真に被告人が身体に保有したアルコールの程度を測定したものと断定することができないのである。他に被告人が本件自動車運転時において検察官主張のごときアルコール量の身体保有の事実を認める証拠はない。
以上の理由により本件については結局犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。
(藤原啓一郎)